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札幌高等裁判所 昭和45年(ネ)74号 判決

主文

原判決をつぎのとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金一三九万六、〇二五円の支払をうけるのと引き換えに、訴外平尾芳春が原判決末尾添付別紙目録記載の建物につき旭川地方法務局昭和三二年一〇月七日受付第一二三一三号所有権移転請求権保全仮登記にもとづく本登記手続をすることを承諾せよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、つぎのとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人はつぎのとおりのべた。

訴外(第一審被告)平尾芳春は、訴外板林照夫に対し、原判決末尾添付別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)について売買予約をなし、主文記載の仮登記を経由したが、右売買予約は、訴外板林の訴外平尾に対する債権担保を目的としたものであつて、訴外平尾が期限に弁済しないときは、訴外板林は予約完結権を行使して本件建物の所有権を取得すると同時に、本件建物の時価から右予約により担保される債権額を控除した残額を返還する趣旨の、いわゆる帰属清算型の担保権の実質をもつものである。

ところで、被控訴人は、訴外板林に対し、訴外平尾の債務のうち金四〇万円を代位弁済したうえ、右予約上の権利を譲り受け、付記登記により仮登記の移転をうけた。一方、控訴人は、右仮登記後に訴外平尾に対する貸金債権を担保するため、本件建物について抵当権の設定をうけ、そのむねの登記が経由された。

1  訴外平尾は控訴人に対し右貸金債権の弁済を遅滞したので、控訴人は、昭和四三年一二月六日に旭川地方裁判所に本件建物の任意競売の申立をなしたところ、昭和四四年二月一八日に競売開始決定がなされ、現に競売手続が継続中である。この場合、被控訴人は、右代位弁済による求償金債権金四〇万円について、この競売手続において優先弁済をうければ右予約による債権担保の目的を達することができるから、本訴請求は棄却されるべきである。

2  かりに1の主張がいれられないとしても、控訴人は抵当権の設定をうけることにより、被控訴人に次いで優先弁済をうける権利を取得したから、本件建物の価額から被控訴人が優先弁済をうけうる右求償金債権金四〇万円を控除した清算金の支払をうけるのと引き換えでなければ、本訴請求には応じられない。

立証(省略)

理由

一  本件建物につき、訴外平尾芳春が、同板林照夫(登記簿上照男)のためにした昭和三二年一〇月七日受付の売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記、同訴外人から被控訴人に対する昭和四三年一〇月二五日受付の譲渡を原因とする右所有権移転請求権移転の付記登記、訴外平尾が控訴人のためにした昭和四二年一二月一九日受付および昭和四三年三月六日受付の二つの根抵当権設定登記が経由されていることは当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第七号証、原審証人板林照夫の証言、原審における被控訴本人尋問の結果および原審における被告平尾芳春本人尋問の結果によると、本件建物はもと訴外平尾芳春が所有していたが、昭和三二年五月ごろ訴外板林照夫と期間を定めない売買予約を締結し、前記の仮登記を経由し、ついで昭和四三年一〇月一五日に控訴人が訴外板林から右売買予約上の権利を譲り受けて前記付記登記がなされたこと、被控訴人は右権利を譲り受けて間もなく訴外平尾に対して売買予約完結の意思表示をしたことが認められる。

三  つぎに、原審証人西朝松の証言により成立の真正を認める甲第一号証、同武藤武の証言により成立の真正を認める甲第二号証、同第四号証の一ないし四、同第六号証、原審証人板林照夫の証言により成立の真正を認める甲第三号証、原審における被控訴本人尋問の結果により成立の真正を認める甲第五号証の一、二、前記甲第七号証と右各証言および被控訴本人尋問の結果、原審における被告平尾芳春本人尋問の結果、原審、当審における控訴本人尋問の結果ならびに原審における鑑定の結果に弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事実が認められる。

1  訴外平尾は、昭和三二年春ごろ、かねて懇意の訴外板林から金一二五万円を、利息の定めなく、弁済期を二か月後と定めて借り受けたが、期限に返済できなかつたので、同年五月ごろ訴外板林に期限の猶予を求めるとともに、右債権担保の趣旨で本件建物の売買予約を締結した。このさい、売買価額(所有権取得価額)や予約完結期間の定めはなされなかつた。なお、右仮登記経由当時の右被担保債権の残元金は金一〇五万円であつた。

ところで、右仮登記当時、本件建物には、すでに、訴外旭川信用金庫のため第一順位の根抵当権(極度額一〇〇万円)と第二順位の抵当権(債権額五〇万円)が設定され、その登記が経由され、また訴外竹田敏雄のため昭和三二年四月一八日受付の第三順位の根抵当権(極度額五〇万円)が設定され、その登記が経由されていた。訴外竹田の根抵当権は訴外岡武雄、同熊林光信に順次移転され、昭和四二年五月一一日、ついで同年八月八日各受付の根抵当権移転の付記登記が経由されている。

2  被控訴人は、訴外平尾の姉で、旅館業を営むものであるが、かねて同訴外人の事業が窮境にあるのを見るに忍びず、また親が同訴外人に与えた本件建物等を失わせるわけにゆかないとの気持から、同訴外人に対し貸金あるいは代位弁済等総額一、〇〇〇万円におよぶ援助を与え、そのうち昭和四三年一〇月当時残存するとくに明確な債権だけあげても、原判決五枚目表から六枚目表にかけて記載した債権のうち1、2、4、5、6記載の合計金三〇〇万円を下らない債権を同訴外人に対して有していた。

3  控訴人も、昭和四二年一〇月ごろ、訴外平尾から金融を依頼され、同年一二月に金一〇〇万円、翌四三年一月から三月にかけて金一〇〇万円を同訴外人に貸与し、その担保として本件建物にそれぞれ元本極度額二〇〇万円の二個の根抵当権の設定をうけ、そのむねの前記登記を経由された。右貸金のうちの一部は訴外旭川信用金庫に対する残債務の弁済にあてられ、これにより同金庫の前記根抵当権、抵当権設定登記は抹消された。

4  昭和四三年一〇月一五日、被控訴人は、訴外板林に対し、訴外平尾の前記一〇五万円の債務のうち金四〇万円を代位弁済したうえ、同日ごろ前記売買予約上の権利を譲り受けた(なお、予約上の権利と仮登記の移転をうけただけであつて、代位弁済された以外の被担保債権は譲り受けなかつた。)。そしてまもなく訴外平尾に対する債権と本件建物の売買代金債務を相殺するむねの意思表示をするとともに、売買予約を完結するむねの意思表示をした。この意思表示をした昭和四三年一〇月ごろの本件建物の価額は金二三三万〇、八七四円であり、訴外平尾には本件建物以外にみるべき資産はなく、また支払能力もない。以上の認定を左右するにたりる証拠はない。

四  控訴人は、被控訴人が訴外板林から右売買予約上の権利を譲り受けた行為は、公序良俗に違反し、無効であると主張する。しかし、右譲受行為が、控訴人の後順位根抵当権者としての権利を害するといつた意図その他不法、不当な目的でなされたとまで認めるに足る確証はない。かえつて、前記三、2の認定事実と前掲各証拠に弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、訴外平尾に対するすくなくとも金三〇〇万円以上の債権の一部だけでも右予約上の権利によつて保全できればよいと考えてこの権利を譲り受けたにすぎず、他人の権利を害する意図はなかつたことが認められる。

五  つぎに、訴外平尾と訴外板林との間に締結された本件建物の売買予約は、債権担保を目的とするものであり、かつ、売買価額については特段の定めはなかつたこと前記のとおりであるから、右売買予約は、債務の弁済がなかつた場合に本件建物の所有権を取得するのと同時に、その事実審口頭弁論終結時における評価額から債権者が優先弁済をうけるべき自己の債権額を控除した残額を清算金として債務者に支払うことを要する趣旨の債権担保契約と解するのが相当である。そして、被控訴人が、訴外板林から右売買予約上の権利を譲り受け、付記登記により所有権移転請求権保全の仮登記の移転をうけたこと、および控訴人が、訴外板林の右仮登記におくれて訴外平尾から二個の根抵当権の設定をうけてそのむねの登記を経由したことも前記のとおりである。そうすると、被控訴人は、右予約を完結して担保の目的を実現することができるが、そのためには、右仮登記にもとづく本登記を経由しなければならず、かつ、本登記をするについて登記上利害関係を有する第三者である控訴人に対して承諾を求めなければならないが、控訴人は、訴外平尾から根抵当権の設定をうけることによつて、被控訴人の後順位者として本件建物により優先弁済をうける地位を取得したものであるから、控訴人は、右売買予約の趣旨にしたがつて、被控訴人から、後記の額の清算金の支払をうけるのと引き換えでなければ、右本登記をすることを承諾する義務はないといえる。

もつとも、控訴人はさらに進んで、控訴人の申立による本件建物の任意競売手続が継続しているので、被控訴人は、その手続において担保権者として優先弁済をうければよく、控訴人に対し本登記の承諾請求をすることはゆるされないと主張する。しかし、被控訴人が訴外平尾および控訴人に対し提起した本訴請求訴訟の訴状が同訴外人および控訴人に送達されたのは昭和四三年一二月二一日であること記録により明らかであり、控訴人が旭川地方裁判所に本件建物の任意競売を申し立て競売開始決定がなされたのは昭和四四年二月一八日であること控訴人が自認するところであつて、このように、競売手続開始前に債務者に対する本登記請求および利害関係人に対する承諾請求がなされたときは、訴訟の形式をかりて担保権の実行の着手があつたものというべく、控訴人は、この訴訟手続において配当に相当する清算金の支払をうける権利を確保されることによつて満足するほかないと解するのが相当である。控訴人の右主張は採用できない。

そこで、ひるがえつて同時履行の抗弁について判断する。まず、訴外板林が訴外平尾から右所有権移転請求権保全の仮登記をうける前に、訴外竹田敏雄が元本極度額五〇万円の根抵当権設定をうけてその登記が経由され、この根抵当権は、のちに、訴外岡武雄に、ついで訴外熊林光信に順次移転され、これを原因とする付記登記がなされている(なお、さらに先順位の訴外旭川信用金庫の根抵当権および抵当権設定登記があつたが、のちに抹消された。)こと前記のとおりである。そうすると、被控訴人は、自己より先順位の根抵当権者である訴外熊林に対し、その被担保債権をまず弁済しなければならないが、残債権額が明らかでなく(もつとも、原審における被告平尾芳春本人尋問の結果中には債権は存在しないむねの供述部分があるが、右尋問の結果および原審における控訴本人尋問の結果中に訴外熊林が訴外平尾に債権を請求していたむねの供述部分にてらしてかならずしも措信しがたく、結局被担保債権が存在しないとは断定しがたい。)、この点の証拠書類としては右甲第七号証しか存在しないので、民事訴訟法第六二八条二項の趣旨を類推して、極度額の金五〇万円を訴外熊林に対して交付すべき清算金として留保させることとする(訴訟手続において、直接交付または供託すべき理由、手続がないので、被控訴人のもとに留保させるにとどめる。)。ついで、被控訴人自身が優先弁済をうけるべき金額は、前記の訴外板林に対する代位弁済により訴外平尾に対して法定代位を主張することのできる求償金債権金四〇万円と、これに対する前記弁済期日の翌日の昭和四三年一〇月一六日から当審最終口頭弁論期日である昭和四五年七月一三日まで年五分の割合による損害金三万四、八四九円((年五分を日歩に換算(一〇〇円につき約一・三六九八六銭となる。)し、これに右期間六三六日を乗じて計算(円未満四捨五入)した。))にかぎつて優先弁済をうけられる。被控訴人のその余の債権は、右認定のとおり、訴外板林から譲り受けたものでなく、自己の訴外平尾に対する債権であつて、もともと無担保であり、かつ、右甲第七号証により、訴外板林から仮登記の付記登記をうけたのは昭和四三年一〇月二五日であつて、控訴人が二個の根抵当権設定登記をうけた昭和四二年一二月一九日および昭和四三年三月六日よりいずれものちであることが認められ、被控訴人の訴外平尾に対する前記求償権以外の無担保の債権が予約上の権利によつて控訴人に優先して弁済をうけうるいわれはない。なお、控訴人の訴外平尾に対する貸金債権が元金二〇〇万円であり、かつ、予約完結当時における本件建物の価額が金二三三万〇、八七四円であること前記のとおりである。そして、本件建物の価額は当審最終口頭弁論期日においてもとくに変化があるとは認められない。そうすると、控訴人は、被控訴人から、清算金として、本件建物の当審最終口頭弁論期日における価額金二三三万〇、八七四円から前記の訴外熊林に対する留保分および被控訴人が優先弁済をうける分の合計金九三万四、八四九円を控除した残金一三九万六、〇二五円の支払をうけるのと引き換えに、訴外平尾が被控訴人に対し本登記をすることを承諾する義務があるというべきである(なお、訴外熊林の債権が金五〇万円よりすくなかつた場合は、控訴人は、被控訴人に対して、その差額を不当利得として返還請求することができると解される。つぎに、競売費用に相当する訴訟費用を債務者たる訴外平尾に負担させるべきかが問題となるが、訴訟手続による以上、被控訴人控訴人間に生じた費用を訴外人に負担させることはできない。また、優先配当すべき公租公課の存否は本件では明らかにされていない。なおまた、本件のように仮登記が二つの抵当権設定登記にはさまれている場合には、仮登記後に設定された抵当権が実行されても、仮登記上の権利がそれより先順位の抵当権に対抗できない結果代償なしに消滅すると解する余地があり、もしそう解すると、仮登記権利者が本件のようないわば任意競売に相当する権利の実行をすることができるか問題であるが、本件のように仮登記上の権利が担保の目的を有する場合は、先順位の抵当権者についで優先配当をうけられると解するのが相当であり、したがつて、配当にあずかることのできる債権にもとづいて、本件のような方法で担保の目的を実現することができるものと解される。)。

六  以上のとおりであつて、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、右清算金の支払と引き換えにこれを求める限度で理由があるからそのかぎりでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、これと一部結論を異にする原判決を変更し、訴訟費用について民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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